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金沢地方裁判所 昭和60年(ワ)213号 判決

原告 脇坂きく

〈ほか三名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 鳥毛美範

被告 門前町

右代表者町長 広野広道

右訴訟代理人弁護士 林武夫

同 山崎利男

主文

一  被告は、原告脇坂きくに対し金四三五万〇七二六円、同浦野清美に対し金一四五万三五七五円、同脇坂紀美に対し金一四五万三五七五円、同脇坂好美に対し金一四五万三五七五円及びこれらに対する昭和五九年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

五  被告が原告脇坂きくに対し金一五〇万円、その余の原告らに対し各金五〇万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告ら

1  被告は原告脇坂きくに対し金一一四二万〇〇二六円、同浦野清美に対し金三八〇万六六七五円、同脇坂紀美に対し金三八〇万六六七五円、同脇坂好美に対し金三八〇万六六七五円及びこれらに対する昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外脇坂芳郎(以下「芳郎」という。)は、生前金網張替工事等を営んでいた者であり、原告脇坂きく(以下「原告きく」という。)はその妻、同浦野清美はその長女、同脇坂紀美(以下「原告紀美」という。)はその二女、同脇坂好美(以下「原告好美」という。)はその三女である。

2  被告は、門前町立門前中学校の設置者として、同校敷地内に同校用の高圧受電設備(以下「本件受電設備」という。)を設置し、所有している。

右受電設備は、電気事業法六六条一項の定める一般用電気工作物であり、その電力容量は四四キロワット、電圧は六六〇〇ボルト、対地電圧は三八一〇ボルトで、その四方及び天井には安全のための金網フェンスが近接して張られていた。

3  芳郎は、昭和五八年一二月一二日頃、被告から本件受電設備の金網フェンスの張替工事(以下「本件工事」という。)のための見積を依頼され、見積書を被告に提出した。

昭和五九年三月、被告の議会で右工事の費用を含む予算が議決され、同年八月一三日頃、被告は芳郎に右工事をするよう依頼した。

芳郎は、同年九月六日被告に対し工事日につき申し入れをしたところ、被告は、同月七日助役の決裁を経て、同月一〇日の朝、右工事の契約書に押印するよう芳郎宅へ連絡し、また同日午後一時頃にも、被告教育委員会主事山口重雄(以下「山口主事」という。)において後記のとおり芳郎が本件工事を施工しているのを現認して、契約書に押印に来るよう同人に指示した。そこで同人は同日午後二時頃被告の町役場に赴いたが、担当者不在のため請負契約書に署名押印できなかった。

このようにして、契約書は作成されていなかったものの、芳郎と被告との間には、本件工事についての請負契約が成立した。なお、芳郎は、これまでにも工事をしてから請負契約書に署名押印をしたことがあり、契約書に署名押印がされていなかったからといって、本件工事につき契約が成立していなかったということはできない。

4  芳郎は、事前に被告に本件受電設備の電流を切るよう要望して、昭和五九年九月一〇日午前八時三〇分頃から門前中学校において本件工事に着手した。

ところが、右工事中、被告の担当者その他関係者が工事状況を見に来たが、右受電設備の電流を切ろうとはせず、工事を続けることに協力こそすれその中止を求めることはなかった。

5  このようにして芳郎は右工事を続けていたが、同日午後二時四〇分頃、取外した天井部分の金網を張るため、梯子を昇りながら、補助者とともにロール状に巻かれた新しい金網を天井に広げる作業を始めた途端、同人の足が受電設備の高圧線に接触して感電し、同人はほぼ即死した。

6  注文者は、請負人に注文または指図するにあたっては、第三者に損害を与えないように注文または指図をする注意義務を負う(民法七一六条但書)ところ、この理は請負人が損害を被った場合も同様というべきである。従って、民法七〇九条、七一六条但書により、本件工事の注文者たる被告は、請負人たる芳郎に注文または指図するにあたり、以下の(一)ないし(六)のように注意義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り、よって同人を死に至らしめたものであるから、被告は芳郎の死に基づく損害を賠償する義務を負う。仮にそうでないとしても、被告の被用者たる門前中学校校長水尻文造(以下「水尻校長」という。)及び山口主事において、以下の(一)ないし(六)のように損害防止のための注意義務を尽くさなかったのであるから、被告は、民法七一五条により芳郎の武亡に基づく損害を賠償する義務を負う。

(一) 本件工事を注文するに際しては、電気工事専門業者の意見を聞いたうえで請負人を選定すべきであったにもかかわらずこれを怠り、電気工事には素人の芳郎に注文した。

(二) 本件工事を芳郎に注文する場合には、電気工事専門業者の意見を聞いたうえで安全な工事方法等を定めて請負人たる芳郎に注文・指図すべきであったにもかかわらず、これを怠った。

(三) 芳郎に注文して工事をさせる際には、電気工事専門業者に立会い・監視させて安全を確保すべきであって、本件受電設備の金網フェンスは、安全のため、電気設備に関する技術基準を定める省令四四条によって設置が義務づけられているものであり、本件受電設備については、電気事業法六九条一項の規定に基づく専門的受託者が財団法人北陸電気保安協会と定められていたのであるから、少なくとも右協会の意見を聴いたり、同協会を工事に立会わせるべきであった。

(四) 芳郎から右受電設備の電流を切るよう要望されたのであるから、安全のため電流を切るべきであったにもかかわらず、これを怠った。

(五) 芳郎が右受電設備に電流が流れた状態で工事をしているのを現認したのであるから、安全のため同人に工事を中止させるべきであったにもかかわらず、これを怠った。

(六) 仮に被告の主張するように昭和五九年九月一〇日午後一時三〇分頃山口主事において芳郎に工事を中止するよう命じ、芳郎がこれに応じて一旦その場を離れたとしても、被告としては、念のためその後もう一度現場を見て工事を完全に中止しているかどうかを確認すべきであったのにもかかわらず、これを怠った。

7  芳郎は、その死亡により以下の(一)(二)のとおり合計二八八七万一五〇四円の損害を被ったので、被告に対し同額の不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したところ、このうち原告きくは一四四三万五七五二円、その余の原告らはそれぞれ四八一万一九一七円について右請求権を相続した。

(一) 逸失利益 一〇八七万一五〇四円

芳郎は昭和三年六月二〇日生で、昭和五八年九月から昭和五九年八月まで年間純収入一八〇万八〇〇〇円を得ていたので、就労可能年数残を一一年、生活費控除を三〇パーセント、ホフマン係数を八・五九とすると、逸失利益は次の算式により計算される。

一八〇万八〇〇〇円×八・五九×〇・七=一〇八七万一五〇四円

(二) 慰謝料 一八〇〇万円

芳郎が一家の支柱であったこと、芳郎の遺族は妻と娘三人で二女及び三女が未婚であったこと、さらに本件の事実関係の重要な点で被告側の証人(特に証人水尻文造及び同山口重雄)が虚偽の証言をしていることを考慮すると、芳郎の被った精神的苦痛を慰謝する金額は一八〇〇万円を下らない。

8  原告らは、芳郎の死亡により以下のとおり損害を被った。

(一) 葬儀費 合計八〇万円

芳郎の葬儀費としては、原告きくについては四〇万〇〇〇一円、その余の原告らについては各一三万三三三三円が芳郎の死亡と相当因果関係にある損害である。

(二) 弁護士費用 合計二〇七万円

前記7の(一)(二)及び右(一)の合計二九六七万一五〇四円について被告は任意の支払に応じないので、原告らは本件訴訟の提起及び追行を弁護士鳥毛美範に委任し、その報酬を支払う旨契約した。右合計額につき三割の過失相殺を考慮した二〇七七万〇〇五二円の約一割である二〇七万円のうち、原告きくについては一〇三万五〇〇〇円、その余の原告らについては各三四万五〇〇〇円が、弁護士費用として芳郎の死亡と相当因果関係にある損害である。

9  よって、いずれも不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、原告きくは一一四二万〇〇二六円(同原告が相続した前記7記載の一四四三万五七五二円及び前記8の(一)記載の同原告固有の損害額四〇万〇〇〇一円の合計一四八三万五七五三円の内金一〇三八万五〇二六円と、前記8の(二)記載の同原告固有の損害額一〇三万五〇〇〇円の合計額)、原告清美、同紀美及び同好美はそれぞれ三八〇万六六七五円(右各原告が相続した前記7記載の四八一万一九一七円及び前記8の(一)記載の右各原告固有の損害額一三万三三三三円の合計額四九四万五二五〇円の内金三四六万一六七五円と、同8の(二)記載の固有の損害額三四万五〇〇〇円の合計額)並びにこれらに対する不法行為日である昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3について

昭和五九年八月一三日頃被告が芳郎に本件工事をするよう依頼したこと、芳郎と被告との間に本件工事についての請負契約が成立したこと、芳郎がこれまでにも工事をしてから請負契約書に署名押印したことがあることは否認し、契約書に署名押印がされていなかったからといって、本件工事につき契約が成立していなかったということはできないとの点は争う。その余(芳郎が同年九月六日被告に対し工事日につき申し入れをしたこと、及び山口主事において芳郎が本件工事を施工しているのを現認したことを除く。)は認める(但し、「午後一時頃」とあるは「午後一時三〇分過ぎ」であり、「午後二時頃」とあるは「午後二時三〇分頃」である。)。

3  同4は否認する。

4  同5のうち、芳郎が感電死したことは認める。

芳郎が請求原因記載のようにして工事を続けていたことは否認する。その余は不知。

5  同6のうち、民法七一六条但書が注文者の第三者に対する責任を定めた規定であることは認めるが、その余は否認ないし争う。

6  同7ないし9は争う。

三  被告の主張

1  以下の事情によれば、被告と芳郎との間には本件工事についての請負契約は未だ締結されておらず、従って右契約の成立を前提とする原告らの請求は失当である。

(一) 被告の財務規則五二条、五三条には、工事金額が五万円を超える指名競争契約または随意契約を締結するときは契約書を作成しなければならないと定められているところ、本件工事の工事金額は五万円を超えるものであった。

(二) 本件受電設備の周囲に設けられていた金網フェンスは設置後約一七年を経過して張替の必要があったので、被告は、昭和五八年一二月、これまで金網の取り付けや修理等の工事を依頼したことのある芳郎に本件工事の見積書を提出してもらったが、これは昭和五九年度の予算編成の資料に供するためのものであり、工事の発注にはあたらない。

(三) 昭和五九年三月一四日の被告の町議会で本件工事の工事費を含む昭和五九年度当初予算が議決されたので、被告は、同年七月二七日及び八月二五日に芳郎に対し本件工事を同人に発注した場合いつごろ工事ができるか打診したところ、同人はいずれも、大変多忙で八月中も九月中もできないと答えた。

(四) ところが、芳郎は、同年九月一日突然門前中学校を訪れ、水尻校長に対し、九月中に工事をやってもよいと述べたので、同校長は、本件工事のためには本件受電設備の電流を切らねばならず、そうすると学校の電気が止まるので、工事は学校の運営に支障のない休日に行なわねばならない旨申し述べ、工事日として同月一五日、一六日の連体がよいか、それとも同月二三日、二四日の連休がよいか尋ねたところ、芳郎は同月一五、一六日の連休が都合がよいと答えたので、同校長は被告教育委員会にこのことを電話で連絡した。

(五) そこで、同月四日、被告教育委員会において初めて本件工事の発注につき起案をし、同月七日被告町長の決裁を経たので、被告は芳郎と本件工事の請負契約を締結すべく、同月一〇日午前一〇時及び午後一時三〇分過ぎ、芳郎に連絡して契約書に押印を求めたが、行き違いがあって同人が押印するに至らず、結局右契約は成立しなかった。

2  仮に被告と芳郎の間に本件工事についての請負契約が成立していたとしても、以下の理由によれば、被告に損害賠償の義務はない。

(一) 昭和五九年九月一日の門前中学校における水尻校長と芳郎との話合いにより、同校長から前記のとおり連絡を受けた被告教育委員会は、同月一五、一六日の連休に本件工事を施工するものと信じ、起案した請負契約書の工期欄には同月一三日から同年一〇月一三日までと記載し、同年九月一五日の前日頃に芳郎と工事の打ち合わせをしたうえで北陸電力株式会社へ電流を切る手配をする段取りでいた。

(二) ところが、芳郎は独断で同年九月一〇日に本件工事の施工を始めたのであるが、同日午前九時頃、水尻校長が校内巡視をしていたところ、本件受電設備の付近に芳郎が女性の補助者を一名伴って来ており、金網フェンスの金具を外すような作業をしていたのを見たけれども、芳郎が本件工事をするのは同月一五、一六日の連休だと言っていたことから、同校長はその準備作業に来たものと思い、生徒に危険のないよう注意してやるよう芳郎に告げてその場を去った。

その後、同日午後一時三〇分頃、被告教育委員会庶務課主事山口重雄(以下「山口主事」という。)が、別の用事で門前中学校に赴いたところ、芳郎が金網フェンスの三面を外しているのを見たので、芳郎に対し電流が流れているかどうか尋ねたところ、芳郎が電流が流れている旨答えたので、驚いて、同人に対し、強い口調で、「危ないからすぐやめろ。また生徒にも危険だからバリケードで囲いをしろ。九月一五、一六日の連休に電気を切ってからやりなさい。それから、まだ契約ができていないのだから、あとで印を持って来なさい。」と言ったところ、芳郎は「わかりました。そうします。」と答えて、トラックで帰って行った。山口主事はこれを確認し、校舎内に入った。

(三) しかるに、芳郎は山口主事の強い注意を無視して工事現場に戻り、無謀な作業を続けるうち、同日午後二時四〇分頃過って感電し、死亡したものである。

(四) 請負人が注文者の発注した仕事に従事した結果直接被害を被った場合において、注文者がその損害を賠償すべき場合とは、当該仕事において、請負人が専門家としての通常の知識によっても知りえないが注文者は知りうる特殊な事情により危険が生じる可能性があった場合に、注文者がこれを請負人に告知しなかった場合、あるいは注文者が請負人から注文者にしかできない協力を求められた場合にこれを拒み、さらに仕事をさせた場合に限られるというべきところ、前記(一)ないし(三)の事情によれば、本件受電設備に電流が流れていたことは芳郎において熟知していて同人の知りえない特殊事情とはいえず、さらに被告が芳郎から右電流を切るよう要望されたことはないのであるから、被告に本件の損害を賠償すべき義務はない。

また、本件受電設備の金網フェンスの張替作業は新設の時以外は金網業者のみにて作業することができ、電流を切って施工する本件工事において原告らの主張するように電気工事専門業者の意見を聴き、あるいは右業者を立会わせる必要は全くない。そして、本件工事の現場においては山口主事において前記のとおり芳郎に本件工事の作業を止めさせたものであるから、被告には原告らの主張するその余の注意義務違反もない。

なお、民法七一六条但書は、注文者の第三者に対する責任を規定したものであり、本件のように請負人が損害を被った場合には適用がないというべきであるから、右規定を援用する原告の主張は失当である。

結局、芳郎の死亡は同人の一方的過失によるものであり、被告には何らの過失もない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について

(一)のうち、本件工事の工事金額が五万円を超えるものであることは認め、その余は不知。

(二)のうち、見積書提出の趣旨は不知。その余は認める。

(三)及び(四)は不知。

(五)のうち、本件工事の発注についての起案及び決裁は不知。被告が昭和五九年九月一〇日の朝及び午後一時三〇分過ぎ、芳郎に連絡して契約書に押印を求めたが、行き違いがあって同人が押印するに至らなかったことは認める(但し、「午後一時三〇分過ぎ」とあるは「午後一時」である。)。契約が成立しなかったとの点は否認する。

2  同2について

(一)は不知。

(二)前段のうち、同日午前九時頃水尻校長が校内巡視をしていたところ、本件受電設備の付近に芳郎が女性の補助者を一名伴ってきており、金網フェンスの金具を外すような作業をしていたのを見たこと、同校長が生徒に危険のないよう注意してやるよう芳郎に告げたことは概ね認めるが、芳郎が本件工事をするのは同月一五、一六日の連休だと言っていたこと、同校長は芳郎がその準備作業に来たものと思ったことは不知。後段のうち、同日午後一時頃(「午後一時三〇分頃」ではない。)山口主事が門前中学校に来たこと、その時点で金網フェンスの三面が取外されていたことは認めるが、同主事と芳郎との会話及び芳郎が帰って行ったことを同主事が確認したことは否認する。

(三)のうち、芳郎が感電死したことは認め、その余は不知。

(四)のうち、第一段中被告が芳郎から電流を切るよう要望されたことはないとの点は否認する。第二段は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請負契約の成否について

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、石川県鳳至郡門前町字清水一〇の二一所在の門前中学校において本件受電設備を所有し、管理している者であるが、昭和五八年夏に行なわれた保安検査の際、北陸電力株式会社の委託を受けた北陸電気保安協会から本件受電設備の金網の腐食を指摘されたため、その張替をすることとし、被告教育委員会の山口主事において、従前何度か被告の注文を受けて工事をしたことのある金網張替業者である芳郎に対し本件工事の見積を依頼したところ、芳郎は、昭和五八年一二月一二日、工事費が二五万円との見積書を被告に提出した(以上のうち、被告が門前中学校において本件受電設備を所有していること、被告が従前被告の注文を受けて工事をしたことのある金網張替業者である芳郎に対し本件工事の見積を依頼したところ、芳郎が昭和五八年一二月一二日頃見積書を被告に提出したことは、当事者間に争いがない。)。

2  昭和五九年三月、被告の議会で、本件工事の費用を含む予算が議決された(このことは当事者間に争いがない。)。

3  同年七月二七日頃、山口主事は、芳郎に対し、本件工事の代金額について見積書通り二五万円で請負えるかどうか打診したところ、芳郎はこれを応諾し、また同主事が工事時期につき打診したところ、芳郎は八月の学校が休み中は多忙のため施工できないと答えた。

4  同年八月一三日、山口主事は、芳郎に対し、口頭で、本件工事の施工を依頼した。

5  同年九月一日、芳郎は門前中学校の水尻校長と本件工事の時期につき打合せをしたが、その際、同校長から、工事の際には本件受電設備の電流を切らねばならないことから、同中学校に支障のない休日に工事をするよう依頼されたため、同月一五、一六日の連休に施工することとし、同校長はこのことを被告教育委員会に伝えた。

6  同月四日、芳郎は本件工事用の新しい金網を注文し、同月五、六日頃これを門前中学校に搬入した。

7  ところが、芳郎は、何らかの事情により、右連休より早目に本件工事を施工することとし、同月六日、門前中学校の電気関係の担当者である森田善久教諭(以下「森田教諭」という。)にその旨を伝えた。

8  芳郎は、同月一〇日午前八時三〇分頃門前中学校において本件工事を開始した。これに先立ち、被告は本件工事の契約書につき助役の決裁を経ていたので、同日午前九時三〇分頃山口主事において芳郎宅に電話をし、電話に出た原告紀美に対し、本件工事の契約書に押印するよう連絡した。本件工事の作業中、門前中学校の現場において水尻校長、山口主事らが工事状況を視認したが、同人らは芳郎に対し契約未成立を主張して工事の中止を求めるようなことはせず、同主事においてさらに芳郎に対し契約書に押印しに来るよう指示したので、芳郎は、同日午後、被告教育委員会の事務局へ赴いたが、担当者が留守であったため押印するに至らなかった(以上のうち、被告が本件工事につき助役の決裁を経たこと、同日朝右契約に押印するよう芳郎宅へ連絡したこと、山口主事において芳郎に対し契約書に押印しに来るよう指示したこと、芳郎が契約書に押印するに至らなかったことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、芳郎と被告の間において、遅くとも同年九月一〇日頃には、本件工事を芳郎が同日施工することについて口頭による合意が成立していたことを優に認めることができ、本件工事についての請負契約はその頃成立したものというべきである。なお、《証拠省略》によれば、被告が五万円を超える指名競争入札または随意契約をするときには被告の財務規則五二条、五三条により契約書の作成が義務づけられているが、本件請負契約の金額は二五万円であったことが認められるところ、本件において契約書が未だ完成していなかったことは右に認定したとおりであるけれども、このことは被告の財務処理上の内部手続の問題にすぎず、かかる事情をもって前記契約が未成立であったということはできない。

二  被告の責任の有無

1  《証拠省略》によれば、以下の(一)ないし(六)の事実が認められる。

(一)  芳郎は、昭和五九年九月一〇日午前八時三〇分頃、補助者である黒崎きくえを伴って門前中学校に到着し、まず、本件受電設備において本件工事を開始する旨水尻校長に連絡した。なお、本件受電設備は、電気事業法六六条一項の定める一般用電気工作物であり、その電力容量は四四キロワット、電圧は六六〇〇ボルト、対地電圧は三八一〇ボルトで、その四方及び天井部分には安全のため幅約一・七メートル、奥行約三・四メートル、高さ約三・四メートルにわたって金網が張られていた(「なお」以下は、金網の幅、奥行及び高さの点を除き、当事者間に争いがない。)。

(二)  連絡後まもなく水尻校長が現場に来たが、同校長は、芳郎に対し、十分気をつけて施工するように告げたけれども、工事の中止を命ずるようなことはしなかった。

(三)  芳郎はその後本件工事を開始したが、開始後一時間くらいしてから、芳郎の要望により、水尻校長が再び現場を訪れ、金網フェンスの扉の鍵を開け、また同日午前中には門前中学校の電気の担当である森田教諭が一度現場へ来たほか用務員の和田寅雄も何度も来て工事の様子を視認したが、いずれも特段芳郎に工事の中止を求めるようなことはしなかった。

(四)  同日午前中はこのように経過して、芳郎と黒崎きくえは、横二面と天井部分の金網フェンスを取り外し、昼食後、午後は一時から工事を再開した。午後一時三〇分頃被告の水尻貞夫課長補佐及び山口主事が来て、工事の様子を視認したが、その際同主事も、気をつけて施工するよう述べ、後で本件工事の契約書に押印するよう指示しただけで、芳郎に対し本件受電設備に電流が流れているかどうか確かめたり、工事の中止を求めるようなことはしなかった。

(五)  その後、同日中には作業が完了する見込がなかったので、芳郎は、危険防止のためのロープや柵を同人の工場へ取りに行き、その帰りに、山口主事の前記の指示を受けて、被告教育委員会の事務局へ契約書の押印に行ったが、担当者が留守であったため押印できなかった(以上のうち、芳郎が押印できなかったことは当事者間に争いがない。)。

(六)  芳郎は門前中学校に戻ってから再び工事を続け、本件受電設備の天井部分に金網フェンスを張るべく、右受電設備に梯子をかけて昇り、新しい金網フェンスを天井部分に広げていた際、午後二時四〇分頃感電し、死亡した。なお、感電の具体的態様は明らかでない(以上のうち、芳郎が感電死したことは当事者間に争いがない。)。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

なお、原告らは、芳郎は本件工事に先立ち、被告に対し右受電設備の電流を切るよう依頼したと主張するところ、証人黒崎きくえの証言中にはこれに沿う部分がないではない。しかし、右証言部分はあいまいであって必ずしも右の主張事実を明確に供述するものではないし、同証言の他の部分においては黒崎きくえが当時右受電設備に電流が流れていたことを認識していたか否かにつき相矛盾する供述も見られるのであって、これらの諸点に照らすと、原告らの前記主張に沿う証人黒崎きくえの証言部分はにわかに採用できず、原告らの右主張事実は認められない。そして、このことからすれば、芳郎は本件受電設備に電流が流れていることを認識してはいたが、その危険性をさほど意に介することなく漫然本件工事を施工したものと推認せざるを得ない。

2  以上の認定事実により、被告の責任の有無につき判断するに、原告はまず民法七〇九条、七一六条但書による責任を主張するところ、この主張は同法七〇九条による不法行為責任の主張において、その具体的注意義務の構成にあたって同法七一六条但書の法意を援用するものと解されるが、前記認定事実に照らすと、本件においては被告代表者たる町長自身の注意義務違反はみられず、被告に対し民法七〇九条による不法行為責任は問い難いものと解されるので、原告の右主張は採用できない。

次に、原告は民法七一五条による責任を主張するので検討するに、請負契約においては、雇用契約とは異り、一般に請負人が注文者と支配従属関係に立つものではないけれども、それだからといって請負人において契約の履行にあたって生ずる損害をすべて甘受すべきいわれはなく、注文者の支配する場所において請負人がその契約にかかる作業をする場合には、当該作業の性質等に照らし請負人が損害を被ることあるべき危険を自ら冒さなければならない特段の事情のある場合を除いては、作業に先立ち、注文者において、かかる危険を除去すべきであるし、この危険が存するまま請負人が作業をしているのを認識した場合には、請負人に対しその作業を中止するよう命じ、もってその損害の発生を未然に防止すべき注意義務を負うものと解するのが相当であり、また注文者の被用者で当該請負契約の締結ないし履行においてその衝に当たった者も右と同様の注意義務を負うものというべきである。

そして、右1に認定した事実によれば、被告の職員であり、本件請負契約の締結ないし履行においてその衝に直接当たってきた水尻校長や山口主事において、被告の支配する門前中学校内で芳郎が本件受電設備に高圧電流が流れているにもかかわらず本件工事を施工しているのを視認したものであるが、右作業の性質等に照らし芳郎において右電流による感電の危険をあえて冒してまで本件工事を施工すべき特段の事情があったとは到底いいえないから、水尻校長や山口主事は直ちに芳郎に工事を中止させるべき注意義務を負っていたところ、これを怠り、よって芳郎を感電死させたことが明らかである。

従って、被告は、民法七一五条による不法行為責任として、芳郎の死亡に基づく損害を賠償する義務を負うものというべきである。

三  損害

1  芳郎の被った損害と相続関係

(一)  逸失利益

《証拠省略》によれば、芳郎は本件事故当時五六歳(昭和三年六月二〇日生)で、金網張替業を営んでおり(このことは当事者間に争いがない。)、少なくともあと一一年は就労可能であったこと、当時年間一八〇万八〇〇〇円を下らない額の純収入を得ていたことが認められる。そこで、生活費控除を三〇パーセントとして新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して(一一年の新ホフマン係数は八・五九)計算すると(一円未満は四捨五入。以下同じ。)、芳郎の死亡による同人の逸失利益は、次の算式により一〇八七万一五〇四円となる。

一八〇万八〇〇〇円×八・五九×〇・七=一〇八七万一五〇四円

(二)  慰謝料

《証拠省略》によれば、芳郎は一家の支柱であったこと、同人の遺族(原告ら)は妻と娘三人で、死亡当時二女(原告紀美)及び三女(同好美)が未婚であったことが認められるが、他方前記二において認定した被告の注意義務違反はさほど違法性の高いものではなく、これらの諸事情を総合考慮すれば、芳郎の死亡による同人の精神的苦痛を慰謝する金額としては一五〇〇万円が相当である。

(三)  相続関係

右(一)(二)によれば、芳郎は本件事故により合計二五八七万一五〇四円の損害を被ったことが認められ、これに反する証拠はないから、被告に対し右同額の不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したこととなるところ、原告きくは芳郎の妻であり、その余の原告らはいずれも芳郎の子である(このことは当事者間に争いがない。)から、芳郎の死亡により、右請求権のうち、原告きくは一二九三万五七五二円について、その余の原告らはそれぞれ四三一万一九一七円について相続したこととなる。

2  葬儀費

《証拠省略》によれば、原告らは芳郎の葬儀費用を負担したこと、当時右葬儀に通常要すべき費用としては金八〇万円を下らなかったことが認められるから、同人の死亡と相当因果関係にある葬儀費用としては、右の額につき芳郎の法定相続分に応じた額、すなわち原告きくについては四〇万円、その余の原告らについてはそれぞれ一三万三三三三円と認めるのが相当である。

3  過失相殺

前記二1によれば、芳郎は、本件受電設備に電流が流れていることを知りつつ本件工事を行ない死亡するに至ったものであるところ、本件受電設備において流れている高圧電流が人体にとって極めて危険なものであることは通常人にとっては常識に属するものというべきであり、かような状況下で右受電設備に極めて近接した金網フェンスの張替作業を漫然と行なった芳郎の行為は、同人が電気の専門業者でなくとも軽率という外なく、本件事故については芳郎自身に重大な過失があったものというべきである。従って、同人の過失は被害者側の過失として損害賠償額の算定にあたってこれを斟酌すべきであるところ、右事情等を考慮すると、右1及び2で認定した損害につき七割の減額をするのが相当である。

そこで、原告らについて右1および2で認定した損害額合計につきそれぞれその七割を控除すると、その残額は、原告きくについては四〇〇万〇七二六円、その余の原告らについてはそれぞれ一三三万三五七五円となる。

4  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告らは、芳郎の死亡によって被った損害の支払を求めて被告と示談交渉をしたが被告はこれに応じなかったので、やむなく弁護士鳥毛美範に本件訴訟の提起及び追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められ、このこと及び右3で算出した過失相殺後の原告らの損害額、本件事案の難易等に鑑みれば、弁護士費用として芳郎の死亡と相当因果関係を有する損害としては、芳郎の死亡後右弁護士費用の出捐までの中間利息の控除も考慮して、原告きくについては三五万円、その余の原告らについてはそれぞれ一二万円が相当と認められる。

5  まとめ

以上によれば、被告は、不法行為に基づく損害賠償として、原告きくに対しては右3、4で算出認定した同原告についての損害額の合計四三五万〇七二六円、及びこれに対する不法行為日である昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、その余の原告らに対してはそれぞれ同合計一四五万三五七五円及び右同様の遅延損害金を支払う義務がある。

五  結論

よって、原告らの本訴請求のうち、原告きくに対し四三五万〇七二六円及びこれに対する昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、その余の各原告に対しいずれも一四五万三五七五円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める部分については理由があるからこれを認容することとし、その余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言及び右仮執行の免脱宣言(本件は職権により仮執行の免脱宣言を付するのを相当と認める。)については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本栄一 裁判官 春日通良 原啓一郎)

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